漫喫

先日、わけあって漫喫に寄ったときの話




ほどよく肩こりが発生して、
首をゴキゴキ鳴らしていたところへ、
一人の中年女性客がやって来た
もちろん自分はブース内にいるから相手の顔は見えないが、
声だけは聞こえる
声もなんだけど、そのしゃべり方までもが、
某国の元大統領夫人にそっくりで、
いかにも漫喫は初めてといった感じ
店員からの料金説明を理解したのかどうか疑わしいが、
そのまま案内されてきた席が、
奇しくも自分の隣




「こちらでございます」


「あぁ、ここなのね。  ……え?
横になることは出来ないの?」


「いえ、こちらリクライニングシートになっておりますので、
このように倒していただければ、はい」


「え?あー…
でも結局、ずっと座って起きてるしかないのね?」


「いえ、こちらを倒して、お休みいただけます」


「あらそう、え? でも…」


「申し訳ありません、他のお客様をお待たせしておりますので」


「え? えぇ」




漫喫を理解できていないことは誰の目にも明らかだったが、
実際何人もの客が同時に入店してきたようで、
入り口が騒がしかったから、
店員としては逃げるいい口実になったことだろう
で、横のデヴィ… じゃない、おばさんを盗み見ると、
どうやら大人しく椅子に座っているようだった
本や飲み物の取り方についても説明はあったはずだが、
それらを取りに行こうとはせず、
上着を着たままバッグを膝に乗せ、
目の前のPCをじっと見ているようだ


そのまま完全にフリーズしてしまったようなので、
これ以上見ていても面白い展開はなさそうだと思い、
また漫画を読み始めると、
どうやら客の捌きも一段落ついた様子で、
店内は再び静けさを取り戻していた
その後すぐに静寂を打ち破ったのは、
コツコツというヒール特有の足音
隣を見るともぬけの空
その後の出来事は想像に難くなかった




「あの」


「はい」


「やっぱりベッドは無いのね?」


「え?」


「ベッドで横になって休むことは出来ないのね?」


「そうですね、はい、申し訳ございません」


「じゃあ皆さんずっと朝まで起きてらっしゃるの?」


「はぁ…」




とりあえず店員乙
酔っ払いに絡まれるのも迷惑ながら、
シラフで常識の通じない人間に絡まれるのも厄介だ
酔っ払いならしょうがないなと妥協できる部分も、
シラフではこれ以上改善が望めない
上の会話は割と手短に再現してあって、
本当は同じような問答がこの3倍から5倍は繰り広げられていた
そもそもどういうつもりで漫喫に入店したのかさっぱり分からない
ベッドを要求する以上、
最低ランクのビジネスホテルでも想像して入ってきたと考えればいいんだろうけど、
その割にはこのデヴィ夫人
一向に出て行く気配が無い
ちなみにこの店は駅の目の前だから、
周りにホテルなんかいくらでもあるのに、だ
気に入らないなら本当帰れよって思うんだけど、
挙句の果てに「皆さんはずっと起きてるの?」とか、
珍しい生物を見るような言い方しおってからに
世に言うネットナンミンの現状を知らずに迷い込んで来やがって
ニュースも見ずに、
みのもんただの氷川きよしの番組ばっか見てるからそういうことになるんだ
いや、まぁあの時あの場所にいた人間がネットナンミンだと言うつもりはないんだけど
現に自分も店にいたわけだしね




それから数十分後に自分は店を出たので、
その後デヴィ夫人がどうなったかは分からないけど、
この際だから言いたいことを一つ




漫喫のPCのキーボード及びマウスって、
なんであんなに汚いの?
マウスは極限まで油ぎってて、
明らかに金属光沢以外の輝きを放ってるし、
キーボードにはカバーが無いから、
キーの隙間に手垢だかフケだかよく分からんようなものまで一杯詰まってて、
あれじゃデヴィ夫人じゃなくても触りたくないと思うんだけど、
あれを平気で使うのが漫喫の正しい利用法なら、
自分もまだまだ初心者ということなんだろう
実際しょっちゅう行くような所じゃないけどさ
それとも何?上級者ともなれば、
マイマウスとかマイキーボードカバーでも持ち歩いて、
鞄から颯爽とそれを取り出して使うわけ?
どちらにしても理解できん




やはり趣味の世界というのは、
当人以外には理解されなくて当然なのか
ここで自分を皮肉っているのは言うまでも無い